飲む新型コロナ治療薬:モルヌピラビルのメカニズム
新型コロナ感染が再拡大しつつある欧州で、その新しい治療薬である「モルヌピラビル (molnupiravir)」の使用が始まります。この薬は年内に日本への供給も開始される見込みです。
https://www.yomiuri.co.jp/medical/20211110-OYT1T50284/ (読売新聞オンライン)
作用メカニズム
ちょっと面白い名前の薬ですが、その作用メカニズムもユニークです。現在日本で接種が進むコロナワクチンはウイルスのスパイクタンパク質(細胞侵入に関わる分子)に着目した医薬品ですが、モルヌピラビルはウイルス増殖に関わる酵素を標的とします。
新型コロナウイルスは、自身の設計図であるウイルスRNAを保持しています。RNAは4種類の材料分子(シチジン (C)、グアノシン (G), ウリジン (U)、アデノシン (A))を一本の鎖のようにつなげた物質です。C, G, U, Aの並び方が文章のように意味を持ち、タンパク質の設計図として機能します。
例えば以下のRNA配列は、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の一部を示しています。
AUGUUUGUUUUUCUUGUUUUAUUGCCACUAGUCUCUAGUCAGUGUGUUAAUCUUACAACC… (1)
人間の目には暗号にしか見えませんね…しかし、ウイルスはこの設計図をRNAポリメラーゼという酵素を用いて読み解き、コピーをどんどん作ることで増殖します。
モルヌピラビルは体内に入ると、シチジンに似たβ-D-N4-ヒドロキシシチジン三リン酸 (NHC-TP) という分子に変化します。するとウイルスRNAポリメラーゼは、シチジンと間違えてNHC-TPを材料としてコピーRNAを作製してしまいます。つまり (1) 配列の「C」が「M」に置き換わってしまうのです。
RNAに取り込まれた「M」は、2種類の状態(形)を確率的に行ったり来たりします。一つはヒドロキシルアミン型という形で、ウイルスRNAポリメラーゼはこれを「C」と誤認します。もう一つはオキシム型で、「U」として認識されます。この性質のせいで「M」を含むRNAから作られたコピーでは、本来「C」であるべき部位がランダムに「U」に変化します。このような不正確なコピー設計図からはもはや正常なウイルスが再生産されず、その結果ウイルスの増殖が止まってしまいます。
このように、ウイルスRNAのコピーにエラーを蓄積させて自滅させる作用は「エラーカタストロフ (error catastrophe)」と呼ばれています。かっこいい名前。
また、モルヌピラビルのように体内で別の分子(NHC-TP)に変化してから作用する医薬品を「プロドラッグ (prodrug)」と言います。
https://www.nature.com/articles/s41594-021-00657-8 (nature)
https://www.nature.com/articles/s41594-021-00651-0 (nature)
有効性と特徴
臨床試験においてモルヌピラビルは対照群と比較して、軽症~中等症患者の入院または死亡の相対リスクを約3割減らしました。なかなか良い結果です。
また、モルヌピラビルのもう一つの優れた特徴は、初の経口薬(飲み薬)であることです。手間のかかる点滴などの作業が不要となり、スムーズに服用できます。また、冷蔵・冷凍の設備が十分でない国や地域での保管も容易となります。