バルト海のガス漏洩事件を宇宙から追う

ロシア産の天然ガスを欧州へ移送するパイプライン「ノルドストリーム」が9月26日バルト海底で損傷し、大規模なガスの漏洩が発生しました。

ノルドストリーム、ガス漏れ4カ所に スウェーデン確認: 日本経済新聞 (nikkei.com)

具体的な位置についてはデンマーク海事局 (Danish Maritime Authority: DMA)が航路警報として発表しています(Nautical information | Danish Maritime Authority (dma.dk))。このうち、NW-230-22 として9月26日付けで示されたのはBornholm 島の南東、北緯 54度 53分、東経15度25分 付近、NW-237-22 として9月30日付けで示されたのは同島の北東、北緯55度 32分から55度 33分、東経15度42分から15度47分にかけての3か所です。

今回は陸地に近いところで発生したため、船舶や航空機により漏洩の様子がすぐに観測されました。一方で、このような事故が常に観測、今回の事例ではガスの漏洩箇所を特定できるとは限りません。また、国や地域によっては情報公開が進んでいないこともあり、第三者が事故の規模や被害を推定するのが困難になる場合もあります。

そういう時に重要となるのが衛星による地球観測です。宇宙空間は領土・領空とは異なり国境の概念が無いので、誰でも人工衛星を利用して宇宙から地表を観測することができます。特に近年はオープンデータすなわち誰もが自由に利用できるデータの整備が進んできています。ヨーロッパ宇宙機関(ESA)が運用する地球観測衛星群Sentinel シリーズはその代表格であり、特に地上を10m の分解能で観測できるSentinel2 や合成開口レーダを搭載したSentinel1 はこのような用途にうってつけです。また、アメリカ航空宇宙局(NASA)が運用するLandsat シリーズも同様に自由に利用可能です。日本でも気象観測衛星ひまわりをはじめ、各種の衛星データが公開されています。これらの観測データは無償で社会に提供されており、今後も様々な衛星データが無償で手に入れられるようになります。

それではさっそく、Landsat が観測したノルドストリームのガス漏れ箇所を見てみましょう。報道によればガス漏れは激しく、半径200メートル以上の範囲で海面が泡立っているとされています。

上の図は9月29日に観測されたLandsat の可視光画像ですが、海上に雲が出ており、そもそも泡が出ているのかさえ分かりません。これは、雲も泡もどちらも可視光では白く見えるせいです。もう少し細かく観測できればよいのですが、宇宙空間からだと遠すぎて詳細を掴めません。なんとかして雲と泡をうまく見分ける方法はあるのでしょうか。

両者の物理的な特性の違いを考えてみましょう。雲が白いのは大気中に水滴や氷が浮かんでおり、これが太陽光に照らされているからです。特に同じような高度にある雲は似たような温度、とくに高度が低い場合にはやや暖かめの温度をしていると考えられます。一方で、海面上の泡は海水面の温度と同等で雲とは違うと考えられます。そこで、可視光の赤の代わりに近赤外を利用して同じ範囲に写る雲と泡が異なる温度になっていないか、調べてみましょう。

先ほどと同じ範囲を、近赤外(Landsat の場合はBand 7 )を赤に割り当てた画像を作成して表示してみると、高層の雲が紫色、すなわちより低い温度であり、小さな雲は白いまま、すなわち比較的暖かいことがわかります。そして、画像の中央にほの暗く青い点が見えるかと思います。一つ前の画像と見比べるとわかりますが、可視光では白く映っていたこの一点だけが真っ青になっています。これがすなわち海面上の泡、ガスの漏洩地点です。温度の違いを利用することで、海面上の泡を特定することができました。

さらに、同じ範囲を合成開口レーダで観測してみましょう。合成開口レーダの原理などは他のウェブサイトに多く解説がありますが(合成開口レーダ(SAR)のキホン~事例、分かること、センサ、衛星、波長~ | 宙畑 (sorabatake.jp))、レーダは可視光よりずっと長い波長の電波であるため、雲を透過します。滑らかな水面は電波を鏡のように反射させるためにレーダの側に電波が戻ってきませんが、波が高かったり広範囲に泡立ったりと水面が荒れている場合は電波が散乱されレーダに戻ります。したがって、先ほどの可視光の画像のように雲に邪魔されることなく、海面上の泡を見つけることができるはずです。

上の図は9月29日、先ほどの光学画像と同じ日にSentinel1 によって観測された同じ場所の様子です。全体的に灰色でざらざらした印象ですが、近赤外線を含む画像では青い点が映っていた箇所に、今度は白い丸が写っています。これが海面の泡立ちと考えられます。光学画像でなくともレーダ画像が利用可能であれば、動揺に漏洩箇所を特定できることがわかりました。

上記の泡は島の南東側のガス漏洩地点に絞って解析しましたが、Sentinel1 のレーダ画像には北側の漏洩か所も写っており、天候に関係なく地表の様子を観測できる合成開口レーダの特長が良く表れています。

このように、現代では、衛星に搭載された光学やレーダによる観測を駆使することで、遠隔地で起きた事件の様子を知ることができます。簡単な事例であれば人間が手作業で解析することもできますが、より微細なあるいは長期にわたるような変化を知るためには、計算機による解析が欠かせません。これにより、今までよりも正確に高速に世界で今起きている出来事を知ることができるようになるのです。

10月3日現在、衛星画像からは海面の泡が確認できなくなっており大規模なガスの漏洩は停止した模様です。